東京でスイスを探して
- rowiko2
- 3 日前
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職場での月例チームミーティングが終わると、私たちはたいていランチを注文する。 時にはお弁当。 時にはカレー。 先日、誰かが「ビリヤニはどう?」と提案した。
するとある同僚が、ふとこう尋ねた。「東京でデリバリーができるスイス料理店ってあるのかな?」
その質問に、私は完全に不意を突かれた。 ここに長年住んでいるというのに、正直なところ、全く知らなかったからだ。
すると別の誰かが指摘した。「まあ、チーズフォンデュのテイクアウトは難しそうだよね」
もっともな意見だ。
それと同時に、私はあることを思い出した。 日本人がスイス料理と聞いて思い浮かべるものは、決まって一つしかない。 チーズフォンデュだ。 それだけである。
公平を期して言えば、フォンデュはおそらく、スイスが国際的に最も成功させた輸出食品だろう。
問題は、人々が「スイス人は四六時中これを食べている」と思い込んでいることだ。
朝食。 昼食。 夕食。 ひょっとしたら、午後のおやつにまで。
他にどんな典型的なスイス料理があるのかと聞かれると、私はいつも言葉に詰まってしまう。 料理がないわけではない。 ただ、それを説明するのに時間がかかるのだ。
「仔牛のクリーム煮、レシュティ(ジャガイモのパンケーキ)添え」と言っても、すぐには魅力が伝わらない。 仔牛のレバー炒めもしかり。
スイス風アルペン・マカロニも。 キノコのクリームソース・シュニッツェルも。
一方で、ある統計によれば、東京にはイタリア料理店やフランス料理店が約1万軒あるという。 スイス料理店は? どうやら4軒らしい。
別に、私が切実にスイス料理店を必要としているわけではない。 本物のスイス料理が食べたければ、私の妻が完璧に作ってくれる。
彼女は最高の師匠から学んだのだ。30年前、私たちがスイスに住んでいた頃、私の母から直接伝授されたのである。
難しいのは、食材探しだ。 例えば、仔牛(ヴィール)。 スイスでは一般的だが、この辺りでは? まず見かけない。
以前は置いていた近所の肉屋も急に扱わなくなってしまい、その理由すら説明してくれなかった。
それでも、私は興味が湧いてきた。 東京に数少ないスイス料理店は、一体何を「スイス料理」と見なしているのだろうか? 答えは、予想通りだった。 大抵はチーズ。
それから、私なら必ずしもスイス料理とは呼ばないようなものがいくつか。
最初にチェックした店(スイス・シャレー)には、チーズフォンデュ、オイルフォンデュ、コールドミートの盛り合わせ、サーモン、そしてブルゴーニュ風のエスカルゴがあった。
エスカルゴがいつからスイス料理になったのかは定かではないが、どうやら私たちは今、それを自分たちのものとして主張しているらしい。
二軒目の店(スイス・イン)も、やはりチーズがメインだった。それからラクレット。
ここのフォンデュには野菜やエビ、ソーセージが添えられていた。私の母国では「冒涜」とも言える組み合わせだ。だが、理解はできる。パンだけをチーズに浸して食べるのは、日本人の感覚からすると少し無謀(そして不健康)に感じられるのかもしれない。
そして、事態はさらに奇妙な方向へ。
別の「スイス」レストラン(セント・バーナード)では、小さなポーションのフォンデュが、パスタ料理やカレーライス、ハンバーガーなど、全く別の国からうっかりメニューに紛れ込んでしまったような品々と共に提供されていた。
唯一明らかにスイスらしい要素は、バーガーに刺さった小さなスイス国旗だけのようだった。
しかし、最も興味深い発見は「銀座スイス」という店だった。創業者は1947年、「本格的な欧州料理をリーズナブルに日本へ」という崇高なビジョンを掲げてこの店を立てた。
ならば、ここが日本独自の「カツカレー」発祥の地であると聞けば、驚く人も多いだろう。
今日、メニューには数々のカレーのバリエーション、「昭和のグラタン」、ハンバーグ、オムライス、シーフード盛り合わせ、そしてステーキの味噌クリームソース添えが並んでいる。
私は「スイス」の要素を探して数分間メニューを眺めた。 ……まだ探している最中だ。
これによって、私はあることに気づかされた。 スイス料理は海外において、ちょっとしたアイデンティティ問題を抱えている。 イタリア料理は一目でそれと分かる。
フランス料理もそうだ。 しかし、スイス料理は、次の二つのどちらかになってしまうらしい。 溶けたチーズか。
あるいは、なんとなく「ヨーロッパ風」か。
おそらく、それは避けられないことなのだろう。
結局のところ、スイスという国自体が、隣国から多くを借り入れ、密かに自分たちなりのバージョンとして組み立ててきた国なのだから。
それでも。 もし私たちが東京で、レシュティ、仔牛料理、そしてアルペン・マカロニに特化した店を開けば、意外と市場の隙間を突けるのではないだろうか。




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